ホテルむしろオライデン

1年間で、地上軍214個師団を約個師団に削減した。ちなみに、日本の旧軍ゃいまの自衛隊では、一個師団は8の兵力だが、ソ連軍のそれは約1万3000人を数え9000人る。彼らの火力の強さは、ノモンハン事件以来、日本人も骨身にこたえて知らされているところだこ939年5月から9月まで、中国東北部、モンゴルとの国境に近いハルハ河畔の地で国境紛争があり、このノモでソ敗したことをひたか、敗戦かンハン連戦車隊に惨敗大、日本陸軍はくしにしらなんら学ぶことを。あとにな、いまごろ私たちはその事始末であしなかったって実を知らされたる)。ゴルバチョフが世界の信頼をかちえたのは、軍縮を約束どおり実行したからである。むろん破綻に近い経済的内圧のせいではあったが、ソ連に迫る経済崩壊の情報を世界は10分には知らなかった。その後の各種軍縮交渉の進展ぶりは、目を見張るばかりだった。しかし、兵員数はたしかに減らしたが、軍装備の質的近代化は進めた。実質戦力の飛躍的増強はないし、出来なかったのだが、低下はしていない。東ドイツのさらに東の側のソ連領には、地上軍(歩兵)の持つ最新式戦車だけで5万3000台を数えるというのだから、気が遠くなるような軍事力であった。